佐々木朗希の小学校時代の身長は?足の速さや野球の成績・当時の画像も

佐々木朗希

プロ野球選手の佐々木朗希選手が本当に大活躍していますね。

そんな佐々木朗希選手ですが、小学校の頃はどんな野球生活を送っていたのでしょうか?

今日は佐々木朗希選手が小学校でも身体能力がすごかったのか?どんな子だったのか?等を調査していきたいと思います。

佐々木朗希の小学校時代

小学3年生 地元の陸前高田氏市にある「高田スポーツ少年団」で野球を始める。

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小学4年生 東日本大震災の影響で大船渡市へ引っ越し

      地元の軟式少年野球団「猪川野球クラブ」へ入部

                 ↓  

小学6年  後に入団する千葉ロッテマリーンズの本拠地で開催された、岩手県三陸海岸の少年野球チーム

      「チアリーグス」の決勝戦に出場

佐々木朗希選手の小学校時代の身長は?

小学5年生で160㎝あったそうです

小学5年生の男の子で平均の身長は145㎝というデータになっています。

とっても身長が高かったのがわかりますね。

補足ではありますが、中学時代では一気に身長が伸びて、中学を卒業する頃には180㎝を超えていたとのことです。

小学校時代の野球の成績や足の速さは?

野球を始めた当初は誰もがみる天才少年ではなかったそうです。

「バッティングもそれなりに良い」「足もそれなりに速い」

ただ、何かずば抜けていたよいう訳ではなかったそうです。

どの分野でもトップではないけど、平均的にはレベルは高い。

投球の面では、普通の子よりは少し上という程度。制球はよかったとのこと。

こうみると今の活躍ぶりとは遠い感じがしますよね。。

しかし、小学4年生の猪川野球クラブに入ってぐらいからなのでしょうか?

どんどん上達していって、足も速く・肩も強い、身体能力が他の子よりもどんどん上がっていったそうです

佐々木朗希選手を指導したことのある猪川野球クラブの父母会の会長である佐々木秀さんはこう証言しています。

クラブチームでは早くから才能が表れていて、小学校4年生でベンチ入り

6年生が主体の試合には先発出場5回を総失点にして周囲を驚かせたそうです。

佐々木朗希選手は今でこそ球速が注目されていますが、小学生の時の持ち味は制球だったようです。

でも小学校5年生の時には球速100キロ超をだしていたとのことです!

野球をはじめてからメキメキと上達していったのがわかりますね。

小学校時代・震災後の練習場所は?

東日本大震災の影響でグランドには仮設住宅が並び、練習が出来なくなってしまったそうです。

当時は、被災直後で練習場所がなく、その辺の原っぱ・草がたくさん生えている・石ころは転がっている・犬のフン等がある河川敷でノック練習などをしていたとのこと。

一生懸命に練習をして泥だらけになって帰ってきていたそうです。

この河川敷の練習場までは片道50分程度の道のりがあったようで、帰る頃には暗くなっていて、一人でとぼとぼと歩いて戻っていたみたいですよ。

往復の時間で考えると、かなり長い距離です。

あの状況下での困難を乗り越えた佐々木朗希選手は心が強くなったと思います。

きっと、少しのことではへこたれない強い精神を持っているんでしょうね。

小学校時代はどんな子供だった?

佐々木朗希選手に関連があった方達の証言

・負けず嫌い

・芯が強い

・内に秘めているようなピュアなイメージ

・どこか陰があるイメージ

・眼鏡をかけていて、すごく繊細

・カツカツのスポーツ選手にはみえない

・物静かでおとなしい

・チームメイトとはワイワイ騒ぐこともある

・面倒見がいい

・大人びている

こんなエピソードもあります。

小学4年生の時に100円ショップへ行って、母にタオルハンカチをプレゼントしたことがあります。100円なので喜んでもらえないかなと思ったのですが、とても喜んでもらえたのを鮮明に覚えています。その時にプレゼントは値段ではなくて、プレゼントする気持ちが大事なんだなと思いました。

引用:東京中日スポーツ

とっても優しい、母親思いの佐々木朗希選手ですよね!

佐々木朗希のプロフィール

名前: 佐々木朗希

愛称: 令和の怪物

出身: 岩手県陸前高田市

生年月日: 2001年11月3日

身長: 190㎝

体重: 85㎏

投打: 右投右打・投手

中学時代: 軟式野球でプレー

      軟式ボールで最速141キロを記録

高校時代: 入学後3ヶ月で最速147キロを記録

      2年生・夏の初戦で154キロを記録

2018年9月・県大会の初戦で最速157キロを記録

佐々木朗希選手は、母子家庭で育っています。

父は佐々木朗希選手が9歳の頃に東日本大震災の津波が原因で亡くなってしまい、祖父母も津波でなくなっていることが分かっています。

兄弟は兄と弟がいるとのことです。

お父さんが亡くなってからは、3歳年上のお兄さんに厳しくしつけを受けたそうです。

まとめ

今日は佐々木朗希選手の小学校時代について詳しくまとめてみました。

東日本大震災での絶望的な体験がありながらも立派な選手になっている佐々木朗希選手。

本人の野球への思い、やりたいという気持ちがあったからここまではい上がってこれたんでしょうね。

環境がなくても夢は叶うと示してくれた佐々木朗希選手ですね。

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